出演:アレクサンダー・フェーリング「ゲーテの恋」「イングロリアス・バスターズ」、フリーデリーケ・ベヒト「ハンナ・アーレント」、アンドレ・シマンスキ、ゲルト・フォス/監督:ジュリオ・リッチャレッリ/脚本:エリザベト・バルテル、ジュリオ・リッチャレッリ/製作:ヤコブ・クラウセン、ウリ・プッツ/音楽:ニキ・ライザー「わが教え子、ヒトラー」、セバスチャン・ピレ/撮影:マルティン・ランガー「白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々」、ロマン・オーシン「プライドと偏見」
配給:アット エンタテインメント

©2014 Claussen+Wobke+PutzFilmproduktion GmbH / naked eye filmproduction GmbH & Co.KG

Intoroduction

『ゲーテの恋』『イングロリアス・バスターズ』のアレクサンダー・フェーリングが、主人公の検事ヨハン・ラドマンを演じ、『ハンナ・アーレント』で若きハンナ・アーレントを演じたフリーデリーケ・ベヒトが元先遣大隊の父を持つマレーネを演じる。監督は、ドイツ在住のイタリア人で、俳優として活躍するジュリオ・リッチャレッリが、本作で初めてメガホンをとり、自ら脚本も手がけた。
戦後70年を迎える2015年、ドイツ人がドイツ自身を裁き、ドイツの歴史認識を変え、大きなターニングポイントとなったアウシュヴィッツ裁判までの苦闘を初めて正面から描いた本作がいよいよ公開される。

第二次大戦の終了から70年。戦争の記憶は薄れ、若者の間ではアウシュヴィッツ収容所の存在、そこで行なわれた残虐きわまりない行為を知らない者もいる―。
2015年1月、ナチス虐殺の被害者の追悼式典で、独・メルケル首相が発言した。「ナチスは、ユダヤ人への虐殺によって人間の文明を否定し、その象徴がアウシュヴィッツである。私たちドイツ人は、恥の気持ちでいっぱいです。何百万人もの人々を殺害した犯罪を見て見ぬふりをしたのはドイツ人自身だったからです。私たちドイツ人は過去を忘れてはならない。数百万人の犠牲者のために、過去を記憶していく責任があります。」



story

戦後十数年を経て、西ドイツは経済復興の波に乗り、殆どの人が戦争の記憶、自分たちが犯した罪を過去のものとして忘れ去ろうとしていた。
そんな時、一人のジャーナリストがアウシュヴィッツ強制収容所で親衛隊員だった男が、規則に反し、ある学校の教師をしていることを突き止める。
駆け出しの検察官ヨハンは、上司の引き止めにも耳をかさず、この一件の調査を始める。

ジャーナリストのグニルカ、強制収容所を生き延びたユダヤ人のシモンとともに、アウシュヴィッツでの悪行に関わりながら、罪を問われることなく普通に市民生活を送っている元親衛隊員個々人の証拠を集め、主席検事バウアーの指揮の下、ナチスがアウシュヴィッツでどのような罪を犯したのか、その詳細を生存者の証言や実証を基に明らかにしていく。

"そして、1963年12月20日、
フランクフルト・アウシュヴィッツ裁判の初公判が開かれた。

トロント国際映画祭 出品、バイエルン映画賞 主演男優賞受賞、ドイツ映画賞 5部門ノミネート、レ・ザルク・ヨーロピアン映画祭 観客賞・審査員特別賞 受賞
CAST&STAFF
アレクサンダー・フェーリング as ヨハン・ラドマン(検事)

1981年,独・ベルリン生まれ。03年から07年までエルンスト・ブッシュ演劇大学で学んだ後、ベルリンやチューリッヒの舞台に出演。06年にはロベルト・ヴァルザー作「白雪姫」の王子役で、ベルリン芸術アカデミーのO.Eハッセ賞を受賞。07年に、ロベルト・タルハイム監督の『AND ALONG COME TOURISTS』で、映画デビュー。翌08年、ハンス=クリスチャン・シュミットの『Storm』、フリーダー・ウィティッヒの学園コメディ『13 SEMESTER』に出演。そして、09年のクエンティン・タランティーノ監督『イングロリアス・バスターズ』の出演をきっかけに国際的にも知られるようになり、10年の『ゲーテの恋』(2010)で若き日のゲーテ役で主役を演じ、ドイツ映画賞、ジュピター賞などにノミネートされた他、メトロポリス賞を受賞するなど、高く評価される。11年には、ベルリン国際映画祭で「シューティングスター」として選出される。その後、12年の『SHORT OF HOPE』でロナルト・ツェアフェルト、アウグスト・ディールと共演。13年後半には、ミヒャエル・ブリー・ヘルビヒ監督の舞台「Buddy」」に出演。本作では、バイエルン映画賞で主演男優賞を受賞し、今後が注目されるドイツ俳優の1人である。

フリーデリーケ・ベヒト as マレーネ

1986年、独・バート・ベルクツァバンに生まれる。2004年から4年間、ベルリン芸術大学で演技を勉強し、ベルリーナー・アンサンブル、フライブルク市立劇場、エルンスト・ドイツ・シアターなどで舞台にたち、カタリーナ・タールバッハ、アンセルム・ウェバー、ティナ・エンゲル、ピーター・スタインなど錚々たる俳優と大きな舞台で共演。11年『WESTWIND(原題)』で初めて主演を果たす。そして、若き日のハンナ・アーレントを演じた『ハンナ・アーレント』(13)は、日本でも大ヒットをした。新作に『BECKS LETZTER SOMMER』『NACHSPIELZEIT』(15)がある。

アンドレ・シマンスキ as トーマス・グニルカ(記者)

1974年、独・ケムニッツ生まれ。エルンスト・ブッシュ演劇大学で演技を学んだ後、99年the Schaubuhne am LehninerPlatzに移籍前にドイツ劇場でも舞台にたった。09-10年には、ハンブルクのタリア劇場。トーマス・オスターマイアー、サッシャ・ヴァルツ、クリスティーナ・ポールホフェル、ファルク・リヒター, ルク・アーセヴァル、A・ロメロ・ヌネスの舞台に出演。2011年、Ulrich Wildgruber Awardの受賞で、その名を知られるようになる。その後、テレビ映画の「DIE FRAU AUS DEM MEER (08)」「WIE MATROSEN」(10)、「GESTERN WAREN WIR FREMDE」(12)の出演。映画では、『WOLFSBURG』(03) 、『イン・ザ・シャドウズ』(09)などに出演。

ヨハン・フォン・ビューロー as ハラー検事

1972年、独・ミュンヘン生まれ。92-95年まで、ミュンヘンのオットー・ファルケンベルグ演劇学校で演技を学ぶ。96年にマインツ・ステート・シアターの舞台にたち、98年ゲスト公演で、フリードリヒ・シラーの「たくらみと恋」に出演。99年にライプチヒに移り、00年から04年まで、ボーフムの劇場で、様々な役柄に挑戦。フリードリヒ・シラーの「ドン・カルロス」や、アルトゥル・シュニッツラーの「Fritz」、ユルゲン・クルーゼの「HAPPY」などでも重要な役を演じた。05年、「ヴァージニアウルフなんか怖くない?」のニック役で出演。06年からはボーフムの劇場に戻る。11年には、シューマンの「マンフレッド」で歌手としても出演している。映画では、95年のコメディ『After Five in the jungle』に出演した他、数多くの映画やテレビなどに出演。最新作に、ヒトラー暗殺に挑んだ男の生き様を描いた『13 minutes』(15)がある。

ヨハネス・クリシュ as シモン・キルシュ

1966年、オーストリア・ウィーン生まれ。89年より、ウィーンのブルク劇場のメンバーとなり、様々な舞台に出演。他、クラウス・ペイマン・ユルゲン・フリム、ハンス・ ノイエンフェルス、ルス・バーグハウス、レアンダー・ハウスマン、カールハインツ・ハックル、パウルス・マンカー、フィリップ・ティーデマンなどと仕事をする。テレビ映画への出演も多数。03年には、アンディ・ラドヴァンと一緒に、尊敬するルー・リードとヴェルヴェットアンダーグラウンドの曲を含む、初めてのCDをリリース。映画では、ゲッツ・シュピールマン監督『Revanche』(08)で主役を演じた他、アンソニー・ホプキンス出演の『360』 (12)に出演。

ゲルト・フォス as フリッツ・バウアー(検事総長)

1941年、中国の上海生まれ、その後、ハンブルグ、ケルン、ハイデンハイム・デア・ブレンツ、ボーデン湖などで、幼少期を過ごす。ドイツとイギリス文学を学び、エレン・マルケからと演技のレッスンを受ける。ハンス・ペーター・ドールによって才能を見いだされ、ブラウンシュヴァイクやシュトゥットガルトでキャリアをスタート。その後、クラウス・ペイマンと一緒に、ボーフムに移り、1986年のベルリン演劇祭の舞台「ヘルマン戦争」でヘルマン役を演じる。86年に、再びペイマンと一緒にウィーンへと移り、ブルク劇場に出演。リチャードIII、シャイロック、リア王役やトーマス・ベルンハルトの「リッター、デーネ・フォス」で、絶賛される。ベルリンでは、他にピーター・ザデク、ジョージ・タボリ、リュック・ボンディ、アンドレア・ブレス、トーマス・ラングホフ、トーマス・オスターマイアーの舞台にたつ。これまでに、97年の国際演劇協会(ITI)賞、00年のネストロイ賞の他、数多くの賞を受賞し、「タイム誌」が選ぶヨーロッパ最優秀男優賞にも選出された。12年には、コンラート・アデナウアー財団から、最も重要な俳優として敬意を表された。ジェラール・ドパルデュー主演「バルザック 情熱の生涯」(99)など、テレビ映画に多数出演。
2014年7月13日、白血病のため亡くなった。

「ゲルト・フォスは天才で、本当に堂々とした俳優でした。彼と仕事ができたこと、フリッツ・バウアーという深みがあり、聡明で存在感のある実人生よりも大きな役柄を見事に演じきった彼と仕事ができたことは、私とチーム全体にとって大きな宝物で、感謝すべき贈り物です。この経験は私たちにとって永遠になるでしょう。」 (ジュリオ・リッチャレッリ監督)

監督・脚本:ジュリオ・リッチャレッリ

1965年、伊・ミラン生まれ。俳優、監督、プロデューサー。オットー・ファルケンベルグ演劇学校に入る。89-90年にバーゼル劇場と契約後、ミュンヘンのthe Kammerspiele やシュツットガルトのthe Staatstheater、the Schauspiel Bonn (1992/94) and at the BayerischesStaatsschauspiel.で働いた。その他、多くのテレビに出演した他、96年に映画『ROSSI』に出演。00年に、サビーヌ・ランビと一緒に、ネイキッド・アイ・プロダクションを設立し、才能ある若手監督の映画を手がけ、『MADRID』(00)、『THE FRIEND』(03)などを製作。監督としての顔も持ち、短編映画をいくつか監督した後、今回『顔のないヒトラーたち』で長編監督デビューを果たした。


©2014 Claussen+Wobke+PutzFilmproduktion GmbH / naked eye filmproduction GmbH & Co.KG